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認知科学Cognitive Science

意識への科学的アプローチ

米国の哲学者ジョン・R・サールは、現代の意識研究の基本的方法論を吟味して、意識研究の方法を「ビルディング・ブロック・アプローチ」と「統合野アプローチ」の二つに分類している。この二つのアプローチの相違は、意識に対しての私たちの理解の仕方の相違を反映するものである。

ビルディング・ブロック・アプローチは、私たちの意識経験を、クオリアの単位で組み立てられた積み木細工(ビルディング・ブロック)のようなものとして捉えている。赤の色、チェロの音、レモンの香りのようなクオリアの単位が、積み木細工のように集合して、一つの心が出来上がっていると考えている。喩えるなら、古典物理学の原子論のように、クオリアという基本単位が集合することによって意識世界が出来上がっていると考える。このアプローチの最もベーシックな戦略は、赤に相関する神経活動、チェロの音に相関する神経活動というように、クオリア一つ一つの単位で、それに相関する神経活動を探索してやることである。まずは、クオリアという積み木一個が生じるための基本原理の理解が必要となる。

これに対して、統合野アプローチは、意識内容に先立って「意識野(Conscious Field)」という場が存在し、知覚入力などによって意識野が変化する、もしくは意識野に凹凸が生まれると考えている。私たちの意識経験はバラバラの積み木が寄り集まって出来ているようなものではなく、一切を包括する「場」というものがまず先に在って、その場の変動によって意識経験が生じていると考えている。喩えるなら、現代物理学の量子場の理論のように、場の状態変化によって意識世界が出来上がっていると考える。このアプローチの最もベーシックな戦略は「意識している脳と、無意識の脳は何が違うのか」を精査することである。まず先にやるべき仕事は、個々のクオリアに焦点を絞るのではなく、意識野そのものに着目し、それに相関する脳活動を見出してやることである。そしてその次に、意識野に変動や修飾をもたらしているメカニズムを精査する。

統合野アプローチ

私たちの意識経験を「意識の場(意識することそのもの)」と「意識内容」の二つに区分する立場は、この二つの異なるアプローチのうち、「統合野アプローチ」の方を有効な戦略として支持することになるだろう。脳の機能状態の最も大きな相違は、意識そのものの有無である。この二つの異なる状態をもたらしている神経生物学的機構を理解することが最も重要な探究の課題となる。それが理解できたならば、次には意識場の変動や修飾に相関する脳の情報処理プロセスを明らかにしてやる必要がある。知覚入力や精神のはたらき等に応答して、意識場が変化するメカニズムを神経生物学的に理解しなければならない。

今日の欧米の意識研究者、及び歴代の東洋の止観の行者らが述べるところによれば、意識は非常に短い時間スケールでは離散的なスナップショットとして顕現しているようであるが、そのような意識の『波動的性質』に相関する神経生物学的なメカニズムを理解する必要があるだろう。そしてさらに、私たちの意識経験の内では、色、音、匂い、味、感触、思考、感情、欲求などといったクオリア群はバラバラではなく、美しく調和し、統合しているが、このような意識の『統合的性質』に相関する神経生物学的なメカニズムについても理解する必要があるだろう。

私たちの意識経験は、「場としての性質」「波動的な性質」「統合的な性質」といった、様々な一般的性質を有している。私たちはこのような意識の一般的な特性を良く理解し、それに相関する神経活動を精査しなければならない。

NCC

今日の意識研究において、意識に相関する神経活動は、NCC ( Neural Correlates of Consciousness)と呼ばれている。ここでは、このNCCという言葉を用いて、意識の一般的な特性に相関する神経活動を、新たに次のように定義してみたい。

(1)意識の場(field)に相関する神経活動;NCCf
(2)意識の波動的性質に相関する神経活動;NCC1
(3)意識の統合的性質に相関する神経活動;NCC2

*さらにNCC2は、複数の情報(感覚属性)を統合して「一枚のスナップショット」を形成するための神経活動(NCC2-α)、および、複数のスナップショットを統合して「一つの今現在の意識シーン」を形成するための神経活動(NCC2-β)に区別することが可能である。
 NCC2-αは脳内に広く分散する感覚属性を統合し、一枚のスナップショットを今この瞬間において形成する(例えば、視覚であれば、形、色彩、明度、位置等の複数の感覚属性を統合して、一枚の視覚系スナップショットを形成する)。それに対して、NCC2-βは今この瞬間に現れているスナップショットと既に過ぎ去ったスナップショット(記憶)を統合し、今と過去が混和する「今現在の意識シーン」を形成する。
 つまり、NCC2-αはクオリアの“空間”構造を構築し、NCC2-βはクオリアの“時間”構造を構築する。

これら一連のNCC群は、赤い色やバラの香りといった個々のクオリアに相関する神経活動では無い。それらは意識の一般的な性質に相関する神経活動である。これらの意識の一般的性質に相関する神経活動によって、私たちが「いま/ここ」と感じている今現在の意識シーンは出来上がる。このシーンの内に、感覚器官に由来する個別的なクオリア群が集束し、感覚世界(客体)が生まれることになる。また、体性感覚、情動、感情、思考、欲求、意志といった肉体や精神に関する個別的なクオリア群が集束し、自我の感覚(主体)が生まれることになる。

今後、私たちの意識経験の成り立ちを合理的立場で理解してやるためには、このような一連のNCC群の具体的な構造や機能を明確にしてゆくことが必要となる。

 

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